湯たんぽクソ欲しいんだけど。俺の部屋寒すぎ

人に伝えるような仕事に就きたいと思っているわけでこのブログもそういうのの練習にしたいと思っている所は少なからずあるのだけどそういう練習台になるどころかクソみたいな感情の掃き溜めにしかなっていない現状を見てすごく落ち込む。 実際このブログは普段会話したりするような友達も読んでいたりするブログで、ここに書いた文章が原因でトラブルになったりしたこともある。 そういう事実にまた落ち込んだりして、無限ループ。 実際僕が言いたいことなんてきっと高が知れてるんだろうなぁとは思うんだけど、そんなものにさえしっくりくる言葉を与えてあげられないっていうことが一番辛い。 自分が考えている事の薄さとそれを表現することも出来ない程の人間としての薄さ、ダブルパンチ。18年も生きているのに何をやっていたんだろうね、となってしまって。 表現者になりたい人間の18年の過ごし方としてはあまりにもお粗末に思えてしまう。 常日頃から僕は「どれだけ強く想っていようとも伝えなければ想っていないことと同じ」と考えているのだけど、まさしくそのとおりの自分になってしまっていたってことにようやく気付いて、「うわ〜っ!」っていう状態。  
本当だったらものすごくそういう能力が高かったはずの年齢を鬱々としながら過ごしてしまったことが悔やまれる。後悔は本当に先に立たないものなんだ。
もっと感じたい。 色や音や文章や、「うん、これはすごいんだ」と自分に納得させるような感じ方じゃなくて、もっと脊髄反射的に感じたい。 そしてそれを表現する人間になりたい。 大学の4年間はそういう場所にしたい。 ただ楽しいだけとか、ただ鬱々としたようなクソ学生にはなりたくない。 ちゃんと生きたい